魅惑の踊り子


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 気がついた時は既に、彼女の虜になっていた。
 ステージの上で舞う褐色の裸身は、この世のものとは思えないほどの美しさ。
 ゲイシルで指折りのストリップ劇場『ヘヴンズ・ドア』に来たのは、彼女に会うためだったりする。
 彼女の名はシャロン。ヘヴンズドアでナンバーワンの踊り子だ。
 シャロンのショーが終わると、俺はすぐさま彼女の楽屋へ押し掛けた。
 本来なら一般の客は入ることができないが、俺は例外。
 部屋のドアを開けると、煌びやかなステージ衣装を身につけたままの彼女が振り向く。
 「ごめんなさい、関係者以外は立入禁止なんです」
 彼女は咄嗟にドアを閉めようとするが、俺の右手があっさりとそれを遮った。
 「な…何をするの!」
 宝石のような黒い瞳が、俺の顔を睨みつけた。
 彼女ほどの美人なら、怒った顔もまた絵になったりする。
 「君が依頼したガーダーだ」
 俺は笑顔で、そう答える。
 ガーダーとは何かって?
 依頼人が払う報酬によって、様々なミッションをこなしていくプロ達のこと。
 わかりやすく言えば、探偵と傭兵を足して2で割ったのがガーダーだ。
 「じゃあ、あんたが…アスタル」
 「いかにも」
 俺は胸を張って答えた。
 自分で言うのも何だが、この世界に俺以上のガーダーがいるってんなら、一度お目に掛かりたい。
 「信じられない…もう少し年輩の方を想像していたけど…どう見ても、あたしと同じ年ぐらいにしか見えないわ」
 「悪かったな小僧で!」
 とは言っても、この手の台詞はざらなので別に気にしちゃいない。
 「用がないなら帰るぜ、こう見えても俺は忙しいんだ」
 これも嘘。
 別に今は忙しくもなんともない。それに、せっかくのシャロンと仲良くなれるチャンスを自ら潰すわけにはいかない。
 「ごめんなさい。別に、そんなつもりで言ったんじゃないわ」
 シャロンは目を伏せて、俺に対して申しわけなさそうな顔をする。どうやら、うまくいったようだ。
 「OK、わかったよ。俺も少し言い過ぎたようだ」
 俺はすっと体を前に動かし、楽屋の中へ入り込んだ。
 「ここで話すのは止めた方がいいわね。お願い、すぐ済むから外で待っていてくれる」
 「どうして?」
 彼女がなぜ俺を追い出すのかは、すぐに感づいたがわざととぼけてみせる。
 「え〜と、あの…その、着替えるからに決まってるでしょ」
 耳まで真っ赤になったシャロンは実に愛らしく、思わずイジワルをしてみたくなる。
 「さっきまで、裸で踊ってたのに?」
 俺の口元が自然と綻ぶのを感じた。
 「ばか…」
 とは言っても、シャロンからは俺に対する嫌悪感は感じられない。
 俺が部屋から出ていくと、彼女は急いでドアを閉めた。
 真白いブラウスに身を包んだ彼女と再会したのは、それから15分後のこと。
 F&B社のスポーツカーで、シャロンを居住区にある彼女のアパートまで送り、彼女の部屋で詳しい話を聞くことになった。
 部屋の印象は綺麗というよりは、何もないというべきであろう。
 早い話が生活に必要な最低限のものしか置いてはおらず、TVやコンポなどの娯楽品はここでは一切見受けられない。
 「弟を捜し出して欲しいの」
 俺は差し出されたミルクセーキを口中で嗜みながら、彼女の話に耳を傾けていた。
 シャロンは化粧台の上に置かれた写真立てを手に取り、俺にそっと手渡す。
 「弟の写真よ…名前はワリブ」
 写真には褐色の肌をしたハンサムな青年が写っていた。
 目元はどことなく、シャロンに似ている。
 「俺に頼むからには、ただの人捜しじゃないよな?」
 実際にただ人を探すためだったら、探偵や人捜しを主としたガーダーに依頼すればいいのだ。
 「クラウジビッツファミリーってご存じ?」
 俺はその名を聞いたためか、脳天を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 アルゴラ西部の裏社会を仕切るマフィアの名前だ。
 表向きは一般企業と見分けがつかない企業型マフィア。
 ドラッグに兵器、その他のヤバいものは何でもござれ。
 兵器に至っては護身用の拳銃からICBMまで取り扱ってるらしい。
 「弟はね、元ファミリーの構成員なのよ…」
 彼女の話はまだ途中ではあるが、すでにきな臭いニオイが漂ってきた。
 今回の例に漏れず、美女が危険を背負ってやってくる。
 そう、俺の許へ…
 「あたし達はファミリーを抜け、大都市のゲイシルで一からやり直すはずだった…」
 シャロンはそこまで言うと、タバコを口にくわえる。
 「ファミリーの追っ手は、執拗にあたし達を追いかけてきたわ。そこで、ワリブは追っ手を自分に引きつけてあたしの前から姿を消したの…あたしを助けるために」
 俺は胸のポケットからハンカチを取り出し、彼女にそっと手渡す。
 彼女の黒瞳はうっすらと涙を浮かべていた。
 「しかし、死んでいるのかもしれない人物をどうやって捜し出せというんだい」
 「ワリブは生きているわ、絶対に死んではいない」
 彼女は力強い口調で、きっぱりと言い切った。
 「どうしてわかるんだ?」
 「女の勘よ」
 『何だそりゃ』と大抵の人間はそう思うであろう。
 しかし、“曖昧”ではあるが女の勘ほど馬鹿にできないものはない。
 「で、生きていればゲイシルに来ているというわけか…」
 「多分ね」
 この辺が“曖昧”なところだ。
 俺はシャロンの眼前に人差し指を突き立てた。
 「シャロンちゃんに一つ、言っておきたいことがある」
 「何かしら?」
 「俺は依頼に対して、隠しごとをされるのが嫌いだ。あんたらは“何を”したんだ」
 当然のことだ。依頼内容に嘘や隠しごとがあった場合、危険に晒されるのは自分自身なのだから。
 「ふ〜、さすがね…」
 ため息を交えながら、シャロンはタバコの火を灰皿でもみ消す。
 彼女の顔には疲労の色が強くうかがえた。
 「あたし達は組織から、大量のブツとその売上金を持ち逃げしたのよ」
 たいしたものだ。クラウジビッツの連中が、たかが三下を執拗に追いかけ回したのもこれで合点がいく。
 「ところで、持ち出したブツってのは?」
 大概の予想はつくが、俺は彼女の口から聞いておきたかった。
 「これよ」
 彼女が牛革製のファオーマルバッグから取り出したのは、青い液体に満たされた小瓶であった。
 大きさは、人差し指の第二関節ぐらいまでしかない。
 「スカイ・ハイ」
 俺の口から出てきた言葉が、それだった。
 幾つかのドラッグを混合させることでできあがったコンバット・ドラッグ。
 動体視力及び反射神経を向上させながらも、その副作用は限りなく抑えられている、最高級のコンバット・ドラッグだ。
 「他にはないのか?」
 「あたしが持ってるのはこれだけよ。ブツも現金もワリブが持っているわ」
 「金が欲しくて弟を捜してるのか?」
 俺はなるべく、悪意を込めてそう言った。
 次の瞬間、右頬に熱い衝撃が走る。
 「馬鹿にしないでよ!」
 彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
 「いい返事だ。この依頼を正式に引き受けてやるよ」
 「あたしを試したの?」
 シャロンは腑に落ちないという表情をして、こちらを見た。
 まあ、無理もないな…。
 「悪く思わないでくれ、こっちも命を張って仕事をするわけだからな」
 これは本当のことだ。命がけだからこそやり甲斐がある。
 「ありがとう。ついでと言っては何だけど…捜索にはあたしも同行させてもらいたいの。決してあなたの邪魔をしないから」
 俺が10秒ほど考えて出した答えが「好きにしてくれ」だった。
 「ただし、一から十まで俺の指示に従ってもらう。いいな」
 この辺はしっかりしておかないとな。
 「わかったわ」
 短い返事だが、俺はその声から力強さを感じていた。
 
 
 「おはよう、目が覚めた?」
 次の日の朝は、彼女のベッドの中で迎えることになった。
 無論、昨夜ここで何があったか言うまでもない。
 俺はシャロンの煎れたコーヒーを口内で楽しみ、焼きたてのパンを囓る。
 味は俺の同居人には及ばないが、決して不味くはない。
 「今日はどうするの?」
 「そうだな〜」
 考える振りをしてみたが、既にやることは昨夜のうちに決めていた。
 まずはどこから捜し出すか、当たりを付ける必要がある。
 ゲイシルの裏社会を仕切ってるのは、レッド・スクワッドと呼ばれるギャング団達だ。
 もしワリブが裏でブツの売買をしているのなら、彼らと何らかの接触はあると考えられる。
 それと、ワリブを追ってクラウジビッツの連中がここで活動しているのなら当然、対抗組織であるレッド・スクワッドは既に気付いているはず。
 俺は、その辺りから探ることに決めたのだ。
 「とりあえず、俺のマンションに行く必要があるな」
 危険な橋を渡ることになるであろう、装備も整えておく必要がある。
 「わかったわ」
 彼女はそれ以上、何も聞いてくることはなかった。
 いい心がけだ。その方が俺も仕事をやりやすい。
 唯一の気掛かりは、同居人に何て言い訳をするかだ。
 
 
 「女性を連れて朝帰りですか。いい御身分ですね。アスタル様!」
 案の定であった。黒いメイド服に身を包んだ少女は、かなり機嫌が悪い。
 愛らしい顔には、怒気が含まれている。
 手に持ったほうきは、今にでも振り下ろされそうな勢いだ。
 「言ったろ…仕事だって」
 うむ、間違ってはいないよな。
 「泊まってくるなら、連絡ぐらい下さい!」
 「怒鳴るなよ。近所に迷惑だ」
 とは言ってもこの部屋の防音設備は完璧で、ここで銃撃戦をおっぱじめても隣の部屋では何ごともなく音楽鑑賞をしたり、ベッドの上で愛を囁くことだってできる。
 「ふん〜だ! 前にアスタル様はおっしゃいましたよね。この部屋の防音設備は完璧だって!」
 さすがの俺も、余計なことを言うものではないと後悔をした。
 「とにかく彼女は俺の依頼人だ。仕事の話をするから、おまえは洗濯でもしていろ」
 「ええ、わかりましたとも、出ていきますよ。今からエッチなことでもなんでもしちゃってください!」
 少女は膨れ面をしながら、俺の部屋から出ていく。
 「怒ってるみたいだったわね」
 シャロンは呆れた目で俺の顔を覗き込む。
 「いつものことだ。気にする必要はねえよ」
 とは言いながらも俺は彼女の機嫌をどう取ろうかと、内心では考えていた。
 「初めて見たわ。彼女、ドロイドなんでしょ?」
 「まあな、名前はシルフィ。そう呼んでやってくれ」
 ドロイドとは即ち、アンドロイドの俗称のこと。
 彼らは人の思惑で、様々な目的で造られている。
 身障者の介護、鉱山の採掘、宇宙開発…そして、兵器として。
 人間を助けるべき存在ではあるが、決して対等ではない。
 法で裁かれることはあっても、守られることのない存在。それがドロイドだ。
 シルフィは俺が物心ついた時から側にいた。いわば俺の“家族”だ。
 「本格的な捜索は夕方以降だ。それまでに俺は準備をしておくことがある。シャロンはシルフィの相手でもしてやってくれ」
 「でも…」
 二つの黒曜石には、不安の色が見え隠れしていた。
 「心配するな。出て行くときは一緒だ」
 俺が優しく微笑むと、シャロンは静かに頷く。
 彼女の仕草は愛らしく、その貌は少女のそれであった。
 
 
 俺は自分のコンピューターを起動させて、ガーダー協会のデータバンクにアクセス。クラウジビッツファミリーが関わる過去3年間の記録を引きずり出した。
 ここから更に、キーワードを「スカイ・ハイ」と「ワリブ」に絞り込む。
 俺が昼過ぎまでかけて得た情報は次の通り。
 2年前にファミリー内での抗争は激化。ワリブはそのどさくさに紛れてブツと売上金を奪い逃亡。
 ファミリーは追っ手を差し向けるが、未だワリブを捕らえることはできていない。
 それは何故か?
 ワリブはこの世界では数少ない、“紡ぎ人”の一人だからだ。
 紡ぎ人は脳に特殊な器官を持ち、その器官が大気中に満ちたナノマシンに関与することで摩訶不思議な現象を起こす。
 ある者は炎や雷を放ち、またある者は大気中のナノマシンを紡ぎ、恐るべき怪物を具現化させる。
 俺が以前フローズン・リバーの遺跡を巡り、遺跡の守護者と名乗る男と戦ったことがあるが、よりにもよってそいつが紡ぎ人。
 そして驚くなかれ、そいつはなんと体長10メートル以上のドラゴンを呼び出しやがったのだ。
 さすがにあの時は、生きた心地がしなかった。
 要するに紡ぎとは、まさにおとぎ話に出てくる魔法そのものなのだ。
 そして、ワリブの能力は……なるほどね。敵に回すと確かにこいつは厄介だ。
 俺は携帯用の端末を取り出し、ここ数年コンビを組んでいる“あの男”のもとへ連絡を入れた。
 
 
 さすがに10月ともなれば、日は早く沈む。
 現在の時刻は18時を2分ほど回ったところ。出掛けるには頃合いの時間。
 ドンパチの可能性は十分にある。なにせ、今から会うのはギャングの幹部だからな。
 俺が選んだ武器は、兵器会社の老舗、アームズ・テクノロジー社が造り上げたFHG(フレシット・ハンドガン)。
 FHGは通常弾とは異なりカーボン製の短い針を使用。
 風の影響を受けにくいこの針状の弾丸は、400メートル先まではフラットな弾道を描き出す。
 殺傷能力は極めて高く、その理由は通常弾よりも飛翔速度が桁違いに速いのだ。
 装弾数も30発と多めで、とても頼もしい。
 次に選んだのは単分子ナイフ。
 こいつは、その名の通り単一の分子でできた刃を持つナイフだ。
 ただ、俺のは一味違い刃がチェインソーになっている。
 耐久度が低く折れやすいという欠点はあるが、こいつにかかれば車のドアぐらいチーズのように切り裂くことができる。
 シャロンには護身用に麻酔ガンを渡しておいた。
 麻酔ガンとて侮るなかれ、発射機構は炭酸ガスであるため音を立てることなく相手を仕留めることができる。
 反動も少なく、まさに非力なご婦人が扱うにはうってつけの武器なのだ。
 俺は髪もセットし、ひげも剃った。高級スーツにコロンを一吹き。
 シャロンは黒い総スパンコールのドレス。胸元に咲く白金の華は純PT製のブローチだ。
 これで、どこから見ても紳士淑女に見えること受け合いだが、俺達が衣装の下に着込んでいるのは最新型の耐衝撃ベスト。紙よりもさらに薄い、衝撃吸収繊維を100枚近く重ね合わせて造られたものだ。
 ライフル弾ぐらいは軽々衝撃を吸収してしまい、重機関砲でも骨折程度で止めてしまう優れもの。
 ただし、ヘッドショットを喰らったら運がなかったと思ってあきらめるしかない。
 武装を整えた俺達は、早速レッド・スクワットの幹部シュミットとコンタクトを取るために彼らの経営する高級料理店「イライザ」に向かった。
 
 
 店内は落ち着いた雰囲気で高級感を漂わせており、壁に立て掛けられた有名な絵画達はフェイクであるにもかかわらず、センスの良さを感じ取らせてしまう。おまけに、場所が海に面したところにあるので、窓際に座れば海の景色を楽しむことができる。
 お気に入りの女性をおとすには、もってこいの店だ。
 「アスタル様ですね。お待ちしておりました」
 ウェイターが俺達を見つけると、彼に案内されるままVIPルームへと向かう。
 ドアを開けると、真っ先に目に入ってきたのは眩いばかりの黄金。
 「な、なんか…すごい部屋ね…」
 シャロンは緊張をしているのか、落ち着かない様子である。
 「俺も初めて来たときは、驚いたもんさ」
 何度か仕事でこの店に来たことはあるが、VIPルームだけはいまいち馴染めない。
 部屋全体が黄金色に覆われ、贅の限りを尽くしてる王侯貴族の部屋を思わせるのだ。
 この部屋だけに関して言えば、シュミットの悪趣味ぶりが伺える。
 「シュミットは仕事で遅れるそうなので、それまで食事でもしながらお待ち下さい」
 ウェイターは頭を下げて、VIPルームから出ていく。
 彼の歩き方は不自然で、右足に重心がかかっている。右脇にはハンドガンが吊されている証拠だ。
 体つきも無駄がない。何か格闘技かをかじっているのではないかと思われる。
 奴は全身からは殺気のようなものを発していた。ウェイターなどではなく、シュミットに雇われた用心棒かなにかだろう。
 数分後にはオードブルが運ばれて来た。
 ウェイターが言うには今晩は海産物を主としたフルコースらしい。
 「これ食べても、大丈夫なんでしょうね」
 シャロンはおそるおそる、聞いてくる。
 「大丈夫だ。毒なんて入ってないぜ」
 それに関しては、俺は確信していた。
 シュミットは俺を必要としているし、俺もまたシュミットを必要としている。
 それに、俺を殺す気ならいつだって殺れたはずだ。ギャングとつるむなんて…と正義感溢れる皆様はそう思われるかもしれないが、世の中は持ちつ持たれつだ。正義なんてものは、腹の足しにもなりゃしねえ。
 エビが入ったフカヒレスープ。毛ガニの甘露煮。メインディッシュとしてアワビのオイスターソース煮。そして、デザートは熱い水飴をリンゴに絡めたものだ。
 すべての料理が極上品。シェフの腕の良さには相変わらず舌を巻く思いだ。
 シャロンははじめは食べるのを躊躇していたようだが、俺がスープを飲んで何ともないのがわかると料理に口をつけだした。
 どうやら彼女は、デザートのリンゴが気に入ったらしい。
 「美味しかったわ」
 リンゴのデザートをすべて食してから、彼女はそう呟いた。
 「今度は仕事ではなく、プライベートで来ようよ」
 俺は彼女にさりげなくアプローチをするが、シャロンの答えは「考えとくわ」だった。
 昨夜はあんなに激しかったのに、つれないものである。
 
 その男が現われたのはすべての食器が片づけられて数分後のこと。
 先ほどのガタイの良いウェイターも一緒である。
 でっぷりとした体つきで、歩くのもひと苦労の様子。まるでその姿は醜くデフォルメされたヒキガエルのようであった。
 そう、この男がレッド・スクワットの幹部、エドワード・シュミットその人である。
 「久しぶりだねアスタル君。おやおや、今晩は美しいレディーを連れているではないかね」
 俺とシャロンは軽く頭を下げシュミットに挨拶をする。
 「この間は君のおかげで一命を取り留めることが出来た。心の底から感謝をしているよ」
 片づけられたテーブルの上には再び豪勢な料理が並び、シュミットはステーキをナイフで切らずにかぶりつく。
 「礼を言う必要はない。俺は自分の仕事をしただけだ。それにしても…」
 「それにしても、何だね?」
 「相変わらず、丈夫な歯だ」
 シュミットはステーキを呑みくだしてから、大笑いした。
 「ははは…食べることが唯一の楽しみでね。だから、歯の健康には十分に気を使っている」
 歯よりもそのでっぷりとした腹を何とかした方がいいんじゃねえのか? そう思ったが、あえて口には出さずにいた。
 「ところでアスタル君。君が私を訪ねてくるなんてどういう風の吹き回しかね?」
 さて、ここからが本番だ。
 「あんたに訊きたいことがあるんだ」
 「やれやれ、また厄介な仕事に首を突っ込んでいるようだね? この私に訊きに来るなんて」
 シュミットの口元は笑ってはいるが、その眼は笑ってはいなかった。
 長きに渡り、多くの地獄を見てきた強者の眼だ。しかし、地獄を見た回数なら俺も負けちゃいない。
 「男を捜している。名前はワリブ。こいつがそうだ」
 俺はシャロンから預かったワリブの写真を、シュミットに見せた。
 「ほう〜、なかなかハンサムな青年ではないかね。実に私好みだ」
 この男には男色の気があるという噂だが、俺も本当のところがどうなのか真実を確かめてはいない。当然のことながら、そんな度胸もない。
 「あんたの好みはともかく、知っているならこの男の居場所を教えてほしい」
 シュミットはほんの数秒黙り込んでから、ウェイターに耳打ちをする。
 「良かろう、私の知ってる限りの情報を提供するよ。ただし、それなりの情報料を戴きたいのだが」
 「金か…?」
 この男がそんなモノを俺に要求するとは思えんがね。
 もし体を要求されたら、俺はなりふり構わずこいつを撃ち殺すつもりだ。
 「まさか、命の恩人から金は取れんよ…。ただ、今晩は仕事が終わったらボクシングの試合を観に行く予定だった。…急な用事が入ってね、試合の観戦が出来なくなったのだよ」
 シュミットは俺の顔を見て、ニヤリと笑う。寒気のするような薄気味悪い笑みである。
 「今から見せてよ。ボクシング」
 ほら来た。ウェイターは上着を脱ぎ捨ててやる気満々。こうなりゃもう、やるっきゃねえ。
 シャロンは心配そうにこちらを見るが、俺は軽くウィンクをしてみせる。
 そこはそれ、婦女子の前では弱みは見せられない。
 「こいつに勝てば、教えて貰えるんだな」
 俺は上着と耐衝撃ベストを脱ぎ捨て、ボクシングの構えを取った。
 「勝っても、負けても、ファイトマネーは渡すつもりだよ。私ただ鍛え抜かれた男性の体が、激しくぶつかり合うさまを見たいんだ」
 このど変態。俺は内心で毒づきながら、シュミットを見る。
 シュミットが上質の陶器を手に取り、それを床に叩きつけた。
 戦いのゴングが鳴ったというわけかい。
 ウェイターの右拳が風を切り、唸りを上げる。
 俺はスウェーバックでそれを躱し、さらにコンビネーションの左フックを受け流す。
 見事なワンツーだ。だが、相手が悪かったな。俺は素早く姿勢を低くし、相手の懐に潜り込む。
 殆どゼロ距離の状態で、鳩尾に正拳突きを叩き込んだ。
 ウェイターの体は空を舞い、激しく後方の壁に衝突。
 俺はこれで終わりかと思ったが、そうは問屋が卸さない。
 ウェイターは素早く立ち上がり、俺にめがけてタックルをかます。奴の両腕は俺の胴体に食い込み、ギリギリと締め上げた。
 こいつはボクシングじゃなかったのか?!
 俺はウェイターの顔面にめがけて、ありったけのパンチを打ち込む。
 殴った。殴った…。数え切れないほど殴った。次第にウェイターの力は緩み、その膝はゆっくりと落ちていく。
 30秒ほどの激しい攻防は、俺の勝利で幕を閉じた。
 正直に言って危なかった。あの万力のような力で、あと数秒締め上げられたら…そう思うと背筋がゾッとする。
 「ブラボー、ブラボー。さすがはアスタル君。実にいい試合だった」
 シュミットは俺に拍手喝采を浴びせる。だが俺はそれに答えることはなく、ウェイターを見る。
 「凄いパワーだ。恐れ入ったぜ」
 俺は立ち上がろうとする戦士に手を貸すが、彼は俺の手を払いのけ自力で立ち上がる。大した精神力だ。
 「おまえは空手を身につけているのか? 」
 ウェイターは真顔で俺に聞いてくる。
 「いんや、あっちこっちから美味しい所を戴いた我流さ」
 確かに空手はかじってはいる。しかし、俺の場合は実戦で得た技の方が圧倒的に多い。
 「いつかまた、お前と手合わせがしたいものだ。俺の名はグレー」
 ぶっきらぼうな喋り方だが、この手のタイプは嫌いではない。
 「リターンマッチは優先的に受けてやるよ。グレー」
 とは言いながらも、膝に力が入らず立っているのがやっとだった。
 「さて、教えてもらおうか? ワリブの居場所を」
 俺はシュミットの前に腰をかけ、グレーもまた何ごともなかったようにシュミットの横に立つ。お互いに今は“仕事中”なのだ。
 「彼は今、“悪魔の食卓”に身を潜めているよ」
 「何だって?」
 俺は一瞬、自分の耳を疑った。本気(マジ)かよ。
 しかし、あの男の能力を考えればその場所はもっとも適している。
 「どうかしたのかねアスタル君、突然俯きだして。まさか、怖じ気づいたとか?」
 「アスタル…」
 シャロンは心配そうに俺の顔を覗き込むが、彼女の顔が瞬時にこわばる。
 「あなた、笑ってるの? 」
 その通り。俺は笑っていた。
 “悪魔の食卓”だと? 面白くなってきたじゃないか。
 全身の血が滾り、俺の躰は熱くなる。
 まるでそれは、見えない炎が俺を燃やし尽くすような勢いだった。
                                                                           

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